2026.09.24

漢方の「五行」と遺伝子を重ねて考えてみる 2000年前の身体観を、SNPs遺伝子検査から眺めてみると面白い

漢方の「五行」と遺伝子を重ねて考えてみる 2000年前の身体観を、SNPs遺伝子検査から眺めてみると面白い

漢方には「五行」という考え方があります。木・火・土・金・水という5つの要素に身体の働きを当てはめ、木は肝、火は心、土は脾、金は肺、水は腎と関連づけて身体全体を捉えます。

もちろん、古代中国でSNPs遺伝子検査をしていたわけではありませんし、五行と特定の遺伝子が科学的に対応しているわけでもありません。 ここは最初に明確にしておきたいところです。

しかし、1,000人以上のSNPs遺伝子検査を見ながら患者さんの体質を考えていると、「現代の遺伝子や代謝の考え方を五行に重ねてみたらどうなるのだろう」と考えることがあります。科学的な対応表ではなく、あくまで身体を理解するための一つの思考実験です。

例えば「木=肝」を考えてみます。肝は代謝や解毒の中心となる臓器です。ここに神経伝達物質のグルタメート調節に関係するDAOAを重ねてみます。DAOAはNMDA系・グルタミン酸神経伝達との関連が研究されてきた遺伝子です。私がハイパフォーマンス外来などで神経伝達物質を考える際にも興味深い遺伝子の一つです。

「火=心」にはMAOAを重ねてみます。MAOAはセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどモノアミンの代謝に関係します。神経の興奮や気分、ストレスへの反応を考えるうえで重要な経路です。「火」という昔の表現と、神経伝達物質による現代的な興奮・鎮静の考え方を並べてみると面白いものがあります。

「土=脾」は、身体を動かすためのエネルギーを作るミトコンドリアと重ねて考えてみます。私たちは食べたものを消化・吸収し、それを材料として最終的にATPを作ります。慢性疲労やLong COVIDの診療でも、単に「栄養を摂っているか」だけではなく、摂った栄養からエネルギーを作れているかを見ることが重要になってきました。

「金=肺」には、ヒスタミン代謝に関係する**ABP1(DAO)**を重ねてみます。DAOは腸管などでヒスタミンを分解する重要な酵素です。ヒスタミン代謝がうまくいかない人では、鼻炎、皮膚症状、消化器症状などさまざまな症状が現れることがあります。肺を呼吸器だけの臓器として捉えない五行の考え方と、全身に作用するヒスタミンを重ねると、これも興味深い視点になります。

そして「水=腎」にはMTHFRを置いてみました。MTHFRは葉酸代謝とメチレーションに関係する代表的な遺伝子です。メチレーションはDNAメチル化、ホモシステイン代謝など非常に幅広い生命現象に関係しています。

ただし、ここで大切なのは「木だからDAOA」「火だからMAOA」と決めつけることではありません。五行を遺伝子で証明しようとしているわけでもありません。

むしろ私が面白いと思うのは、2000年以上前の人々が、現在のような血液検査も遺伝子検査もない時代に、身体を一つの臓器だけで捉えず、いくつもの機能が互いに影響し合うシステムとして見ていたことです。

現代医学は臓器を細分化することで大きく進歩しました。循環器、消化器、呼吸器、神経、内分泌と専門領域を細かく分けたことで、多くの疾患を治療できるようになりました。

一方で、慢性疲労、副腎疲労、Long COVID、発達障害などを診ていると、一つの臓器だけでは説明できない患者さんにたくさん出会います。

腸内環境が変われば神経伝達物質にも影響する。炎症が続けばミトコンドリア機能にも影響する。解毒能力には遺伝的な個人差があり、食生活や環境によってその負荷も変わる。

結局、人間の身体はすべてつながっています。

私は、漢方と遺伝子のどちらが正しいかを議論したいわけではありません。昔の医学が経験から身体全体を見ようとした視点と、現代医学が遺伝子や分子レベルまで細かく見る視点。この二つを行き来することに意味があると思っています。

SNPs遺伝子検査をすればするほど、人間は一つの遺伝子では説明できないことが分かります。そして患者さんを長く診れば診るほど、一つの臓器だけでも説明できないことが分かります。

2000年前の五行と、21世紀のSNPs遺伝子検査。

一見まったく違う世界ですが、どちらも最終的には**「その人の身体をどう理解するか」**を考えるための道具なのかもしれません。

古い医学を科学だけで切り捨てず、現代医学を万能とも考えない。

昔の知恵を、現代の科学でもう一度眺めてみる。

そんなところから、次の医療のヒントが見つかることもあるのではないでしょうか。

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