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慢性疲労治療は、この30年で何が変わったのか
慢性疲労の治療は、この30年で大きく変わってきました。
30年前と現在では、患者さんが訴える「疲れ」という症状そのものは、それほど変わっていないかもしれません。朝起きられない、頭が働かない、仕事や学校に行けない、休んでも疲れが取れない。しかし、その疲労の背景に何が起きているのかを調べる方法は、驚くほど増えました。
1990年代、慢性疲労に対するアプローチは比較的シンプルでした。血液検査による栄養状態の評価を行い、不足しているビタミンやミネラルを補充する。高用量のビタミン補充療法やビタミン点滴など、「足りないものを補う」という考え方が治療の中心でした。
2000年代になると、もう少し深く身体を見るようになります。血液、尿、唾液を使ったホルモン検査、有害重金属検査、便検査、食物アレルギー検査などが行われるようになり、治療も栄養補充だけでなく、BHRT(ホルモン補充療法)やキレーション療法などへ広がっていきました。
私自身が約20年前に副腎疲労を患い、米国で治療を受けた頃も、中心にあったのは高濃度ビタミン補充療法、BHRT、食事療法、生活習慣の改善でした。当時はそれで大きく改善する患者さんも多くいました。
しかし、その後の慢性疲労治療はさらに複雑になっていきます。
2010年代になると、有機酸検査、TOX検査、マイコトキシン検査、アミノ酸検査、SIBO・呼気ガス検査、ミトコンドリア機能の評価など、代謝や腸内環境、環境毒素まで調べられるようになりました。SNPs遺伝子検査も、数個の遺伝子変異を見る時代から、100〜500程度の変異部位を参考にする時代へと進んでいきました。
ここで治療の考え方も変わってきます。
単純に「足りない栄養素を補充する」だけではなく、なぜその栄養素が不足するのか、なぜエネルギーを作れないのか、なぜ毒素を排出できないのかを考えるようになりました。
腸内環境を整える。ミトコンドリアをサポートする。体内に蓄積した毒素の排出を考える。食生活や生活環境そのものを見直す。
治療は「足し算」から、少しずつ原因を探して引いていく医療へ変わっていったように思います。
そして2020年代に入ると、さらに大きな変化が起こりました。
感染症です。
ライム病をはじめとする感染症、ウイルスパネル、抗体検査、便PCR検査などを用いることで、慢性疲労の背景に感染や免疫異常が関与している可能性を以前より細かく検討できるようになりました。Long COVIDの出現も、慢性疲労を考える上で非常に大きな出来事でした。
最近のLong COVID研究では、これまで患者さんが訴えていた「運動すると翌日動けなくなる」というPEMについても、骨格筋の代謝異常、ミトコンドリアでのエネルギー産生低下、局所炎症などから研究されるようになっています。
昔であれば「体力が落ちていますね」で終わっていた症状が、少しずつ細胞レベルで見えるようになってきたのです。
そして現在、私が慢性疲労治療で特に重要になってきたと感じているのが、免疫と炎症、そして神経炎症です。
慢性疲労は、もはや「副腎だけ」「腸だけ」「ミトコンドリアだけ」を見て説明できるものではありません。感染症、免疫、炎症、神経、腸管、ミトコンドリア、環境毒素、遺伝的背景。それぞれが影響し合っています。
だから慢性疲労治療は、この30年間でどんどん複雑になってきました。
しかし私は、複雑になったことを悪いことだとは思っていません。
医学と科学が進歩したことで、今まで「原因不明」とされていた患者さんの身体で起きていることが、少しずつ見えるようになったからです。
30年前には栄養を見ることができました。20年前にはホルモンを見ることができるようになりました。その後、腸内環境、毒素、ミトコンドリア、遺伝子が見えるようになり、現在は感染、免疫、炎症、神経炎症へと視野が広がっています。
治療法が変わったというより、私たちが患者さんを見る解像度が上がった。
私はそう考えています。
ただし、検査項目が増えたからといって、すべての患者さんにすべての検査が必要なわけではありません。検査が増えるほど、患者さんの身体を見るのではなく、検査結果ばかりを見る危険性もあります。
食事を整える。睡眠を確保する。便通を整える。適切に身体を動かす。環境から不要なものを減らす。
こうした基本は、30年前も現在も変わりません。
その基本を行っても改善しない人に対して、次に何を見るのか。その選択肢が、この30年間で大きく増えたのです。
慢性疲労治療の歴史は、ある意味では**「原因不明」という言葉を少しずつ小さくしてきた歴史**なのかもしれません。
それでも、まだ分からないことはたくさんあります。
30年後には、現在の私たちの治療も「ずいぶん単純なことをしていたね」と言われているかもしれません。
それで良いと思います。
医学は完成するものではありません。科学の進歩に合わせて検査も治療も変わり、私たち医療者もアップデートしていく。
目の前の患者さんを少しでも元気にするために、30年前の常識に固執しない。現在の常識にも固執しない。
それが、これからの慢性疲労治療に必要な姿勢だと私は考えています。